元キャバ嬢の芸能人11選まとめ!

有名人の闇

今回は元キャバ嬢・元キャバ嬢の噂のある芸能人についてまとめました。

浜崎あゆみ

浜崎あゆみは1998年に歌手デビューすると瞬く間に人気者になり、大ブームを巻き起こしました。

日本レコード大賞3連覇も成し遂げた浜崎あゆみですが、芸能界デビューは1993年。それ以前もキッズモデルをやっていますが、売れるまでの下積み時代が長かったのは有名な話です。

売れなかったB級アイドル時代に、浜崎あゆみは銀座でホステスをしていたという噂があります。また、歌舞伎町の連れ出しパブ、新宿や渋谷のキャバクラを転々としていたとも言われているよう。

浜崎あゆみ本人は、これら噂に対して否定も肯定もしていないので真相は今も不明です。エイベックス創業者の松浦勝人と浜崎あゆみとの出会いは、六本木のディスコ「ヴェルファーレ」。株式会社ヴェルファーレは当時、キャバレーも運営していたのが噂になった元かもしれません。

井上和香

元女優の嵯峨京子を母に持つ井上和香は1980年生まれで、グラビアデビューは2002年です。公式には井上和香は芸能界デビュー前、進学も就職もせず、牛丼屋のバイトをやっていたそう。

井上和香がキャバ嬢をやっていたのは、高卒後からデビューまでのこの空白期間と噂されています。井上和香は、芸能関係者や芸能人が集まる六本木の人気店、Nでナンバー1キャバ嬢だったそう。

井上和香目当てで来店していたTV局のプロデューサーが、井上和香の芸能界デビューを後押しした。同じくお客さんだった某スポーツ新聞社の芸能デスクが、デビュー後は大々的に紙面で取り上げた。井上和香はキャバ嬢時代に築いた人脈を、芸能界デビュー後も駆使してスターに駆け上がった等。

井上和香本人は否定していますが、ネット上で井上和香の元キャバ嬢説は、噂の域を超えています。

篠田麻里子

高校卒業後、福岡の専門学校生へ進学した篠田麻里子は、同時にキャバ嬢のアルバイトを開始。中洲の「ガイア」で 、源氏名「涼」として働いていたと雑誌「週刊文春」に掲載されました。

店に客としてやってきたAKB48の運営会社「AKS」の、窪田康志社長に見初められたそうです。篠田麻里子は「アイドルになる」宣言をし店も学校も辞め上京、AKB劇場併設のカフェに勤務。AKBファンからの強い推しで、プロデューサーの秋元康がグループ入りさせた特例メンバーです。

「週刊文春」のスクープは続き、篠田麻里子は窪田康志社長の愛人と報道され訴訟になっています。篠田麻里子は2021年2月現在まで、元キャバ嬢の報道、噂に対しては一貫してノーコメントです。

小森純

2003年から2010年代、ギャルファッションモデルとしてカリスマ人気だった小森純。容姿やファッションだけでなく、自由奔放な発言でタレントとしても人気を集めていました。

そんな小森純は2012年放映、居酒屋を舞台にしたテレビ番組「淳の乾杯してみたっ!」に出演。小森純はその時、横浜市綱島のキャバクラで、源氏名「みさき」で働いていたと話しています。

スナック勤務含め、お客さんがいない時に仕事仲間と喋りながら酒を飲むのが楽しかったそうです。小森純はモデルをやっていなかったら、キャバ嬢として生計を立てていただろうとも語っています。

2011年にアパレル経営者と結婚した小森純は、2021年2月現在、2児の母親で実業家です。ネイルサロン「ef nail」をオープンさせたことを、小森純は自身のInstagramで報告しています。

ダレノガレ明美

タレントのダレノガレ明美のキャバ嬢時代の過去を、雑誌「フライデー」が報じています。当時ダレノガレ明美はオーディションを受けながら、六本木の店に週5日出勤していたそう。

子供の頃から芸能界志望の強かったダレノガレ明美は、モーニング娘のオーディションにも応募。結果は書類審査不合格で、高卒からモデルデビューまでの3年強の空白期間が噂を呼んでいます。

多くの指名を稼いでいたダレノガレ明美でしたが、店への不満等で半年でクビになったとか。また、ダレノガレ明美が自身のTwitterで、過去に胸のしこりを除去する手術を受けたことを告白。

その中で、「昼の仕事と夜掛け持ちしながら手術費を貯めてました」とツイートしていました。ダレノガレ明美は、公式には夜はカラオケ店の清掃勤務なので、元キャバ嬢は認めていません。

釈由美子

釈由美子はグラビアアイドルとしてデビューし、現在は女優・タレント・実業家と活躍しています。そんな釈由美子も、「チック」という六本木のキャバクラで働いていたという噂があります。

釈由美子は短大在学中の1997年、「週刊ヤングマガジン」のミスキャンパスグランプリを受賞。大学を中退して芸能界デビューしていますから、キャバ嬢をやっていたとしら、その直前でしょう。

またネットでは、釈由美子は「チック」で働いている時にスカウトされたと噂されています。釈由美子本人はこの噂に対し否定も肯定もしてませんし、元の噂の情報ソースも判明していません。

釈由美子は少女時代は友達ができず、鬱状態になり対人恐怖症になったと自ら述べています。派手な外見とは裏腹な青春時代を過ごした釈由美子の元キャバ嬢説は、噂の域は出ていないよう。

中島美嘉

歌手の中島美嘉は、2014年12月にバレーボール選手の清水邦彦と結婚、今は奥様でもあります。

そんな中島美嘉は鹿児島の中学を卒業したあと、高校へ進学せずアルバイト生活を送っていました。その後、福岡市に引っ越しモデルをやりながら、中洲でキャバ嬢もやっていたと噂されています。

音楽業界では有名な話とされていますが、誰かの証言や雑誌のネタが噂の元ネタではないようです。勿論、中島美嘉本人はこの噂の肯定も否定もしておらず、ノーコメントを貫いています。

中島美嘉が上京してオーディションの結果、歌手・女優デビューするのは2001年の18歳の時。それ以前にキャバ嬢をやっていたとしたら、年齢を誤魔化していたのでしょう。

国分佐智子

国分佐智子は「ベイキャニオンズ」のメンバーとして歌手デビューし、その後は女優として活躍。現在は2011年に結婚した落語家の林家三平の妻であり、一児のママでもあります。

語学堪能の帰国子女のお嬢様と誉高い国分佐智子ですが、ネットでは元キャバ嬢と噂されています。噂の大元は「週刊文春」の、林家三平と電撃婚 国分佐智子 キャバ嬢の「意外な過去」のよう。歌手デビュー時、国分佐智子は21歳ですのでキャバ嬢をやっていたとしたら、その直前でしょう。

赤坂にあった名称不明のキャバクラで働いていたところを、国分佐智子はスカウトされ芸能界入り。匿名の元従業員が「指名が殺到していた」と明かしているとされていますが、情報としてはかなりうさんくさいです。

国分佐智子は噂の肯定も否定もしておりませんし、林家三平一家の海老名家もノーコメントです。

熊切あさ美

2年間で48回のオーディションを受け芸能界デビューしたタレント、グラドルの熊切あさ美。そんな熊切あさ美は2009年、テレビ朝日系「草野☆キッド」で、キャバ嬢をやっていた事を告白。

高校3年時に「チェキッ娘」のメンバーとしてデビューしましたが、1年で解散してしまいました。以降は殆ど仕事のない日々が続き、マネージャーを付けてもらえず、当時の月給は4万5000円。

仕事が来れば現場に一人で出掛け、控え室の弁当やお菓子を全部持って帰って飢えを凌いだそう。仕事もなくお金もなく彼氏にふられ引き籠もりになった末、熊切あさ美はキャバ嬢を選びました。

仙台市のキャバクラで働きはじめた熊切あさ美は、売れっ子になりましたが、すぐに事務所バレ。「2重契約になるから」と東京に連れ戻され、後に「崖っぷちタレント」としてブレイクしました。

尾野真千子

過疎化が進む村を舞台にした映画のロケハンが、地元の学校の下駄箱を掃除中の女の子に注目。監督の河瀬直美が声をかけたその女の子が中学生の尾野真千子で、いきなり主演に抜擢されました。

高校卒業後、本格的に芸能活動を開始するため上京した尾野真千子は、スナックで働いていたそう。当時は1ヶ月1万円かそれ以下の生活で、「節約、節約で家から出ないようにしていた」と告白。尾野真千子は働いていたスナックの、「ママが大切にしてくれた」と水商売経験を話しています。

ママがお客さんに「この子にチップあげて」と言ってくれたので、1ヶ月1万円でやれたそうです。尾野真千子はスナック経験はこうして自ら公言していますが、キャバ嬢経験は口にしていません。

尾野真千子が、六本木のキャバ嬢だったらしいという情報の出どころは「東京スポーツ」。芸能関係者の証言などによる記事ですが、確実な情報ではなく憶測の域はでていないようです。

スザンヌ

スザンヌは20歳の頃、「真央」という源氏名で中州のキャバ嬢をしていたそうです。

指名も多く常にランキング上位だったとか。ちなみにスザンヌの母親は地元熊本でスナックを経営しています。

 

以上、元キャバ嬢の芸能人11選まとめ!でした。

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