お笑い界の大御所となった、明石家さんま。
底抜けの明るさが売りで、どんな時でも笑いを追求している人気者です。
そんな、さんまに驚く暗い過去があったことを知っていましたか。
テレビ画面から観ると、とてもそんな過去があったことは微塵にも見せません。
まして、どんな暗い過去でも笑いのネタにしてしまう明石家さんまです。
それなのに、弟のことをネタにしたのは、同期のオール巨人にツッコまれた時だけ。
それ程、触れられたくない過去なのです。
若い頃はアイドルのような超人気ぶりでしたが、その裏に隠されていた事件。
そして、その他にも九死に一生を得た事件との関わり。
などなど、明石家さんまの隠された過去を明らかにしていきます。
明石家さんまの、笑いの裏に隠れた真相はなんなのか、探ってみましょう。
明石家さんまの家族構成
明石家さんまは、1955年に和歌山県東牟婁郡串本町で生まれ、奈良県奈良市で育ちました。
両親と兄の正樹の二人兄弟で、4人家族でした。
明石家さんまがケンドリック・ラマーを「寂しい目をしててカッコいい」と評しているのは、さんまの人生観や家族観を考えるとぐっとくる
— Kotetsu Shoichiro (@y0kotetsu) July 5, 2018
今は、元妻の大竹しのぶと、娘のIMALU、そして大竹の前の夫との息子で二千翔(
にちか)がいます。
離婚をしているので、さんまの中では家族ではないのかもしれません。
明石家さんまの本名は?
明石家さんまの本名は、杉本高文です。
芸名は、実家が水産加工業を営んでいたため、魚に関する芸名を取り入れました。
【明石家さんまの本名】→杉本高文 ◇カッチリした名前◇
— 気になる・癖になる芸能ネタ (@kuseni_naru) November 4, 2021
また、師匠である笑福亭松之助さんの助言によって亭号を改めて「明石家さんま」と名乗っていると言われています。
明石家さんまの身長体重は?
公式プロフィールによると、身長は172cmです。
周りの人との身長差をみても、芸能人でよくある過大申告ではないようです。
体重は、61kgになっています。
【参考】明石家さんま
身長:172cm
体重:62kg
BMI:20.9
体脂肪率:???意外と体重あるやん!痩せてるのにくそ元気の代表やと思ってた。こんだけ体重あったら納得。 pic.twitter.com/glX72XalVC
— えみねむ。 (@eminem0710) January 21, 2014
ここ何十年も見た目が全く変わっていないので、ずっと体重も変わっていないと思います。
明石家さんまの若い頃はイケメン?画像あり!
若い頃は、東の郷ひろみ、西の明石家さんま、と言われるほど女性に人気がありました。
どこへ行ってもキャーキャーと黄色い歓声が上がっていました。
出待ちも当然、沢山の女性に囲まれていました。
じゃんじゃん横丁で見かけた明石家さんまがイケメンだった🍺 pic.twitter.com/Oj5vwW0a6D
— Ryota🍻ちまき🐈♪ (@ryota418_uber) October 19, 2020
その姿は、当時の写真を見てもらえると頷けると思います。
明石家さんまの両親は離婚&再婚していた?
明石家さんまが3歳の時に、実母が病死してしまいます。
小さい時の事なので、さんまは実母のことはほとんど憶えていないようです。
3歳ですから仕方のない事ですが、実母の顔も覚えていないとのこと。
一番母親に甘えたい時に、戦慄な体験をしてしまったのです。
明石家さんまは、実母の葬式の日に、仲よくしていた犬に腕を噛まれ、病院で2針を縫う傷を負ってしまいます。
幼い頃に実の母親を亡くしました。その後、父親は再婚。年の少し離れた弟ができ、とても喜びました。
しかし継母は、父の連れ子であった自分には見向きもしませんでした。
なんとか振り向いてもらう為に、とにかく面白い事ばかりを考えるようになって今がある。
そんな明石家さんまさんのお話でした。— まつとし🐶名古屋のRolandog (@toshi_matsu_chd) December 21, 2020
でもその傷が、実母との唯一の絆になっているのです。
そして、4歳の時に父親が再婚をします。
新しい母親が連れ子をつれてきたので、さんまに弟ができ、大変喜んでいました。
しかし継母との溝は大きかった。
継母はお酒が好きでよく呑んでいたようです。
それで酔っぱらって隣の部屋で 弟に向かって「私の子供はお前だけや」と言っていたのが、壁伝いに聞こえてきたそうです。
隣の二段ベッドでさんま兄弟は、涙がでるほど辛い思いをしました。
それでも明石家さんまは、この母親を何とか笑わせて気を引こうと考えていたようです。
そのおかげで、今の笑いに対する貪欲な姿勢が、培われたのかもしれません。
また、お酒を呑む女性が好きになれなくなったのも、この時のお酒に対する悪い感情があるようです。
明石家さんまの弟が死んだ理由は火事?
明石家さんまは、年の離れた弟と、血がつながってはいませんでしたが、とても仲がよかったようです。
同じサッカーをやっていたこともあり、話が合うことも理由だったでしょう。
ガキの頃(1982年くらい)にさんまさんの弟さんが火事で亡くなった訃報を選抜決勝戦の合間のニュースで聞いた記憶があります
— 潤太郎 (@TAIHEIYO9383231) April 3, 2010
その弟が、実家で営んでいた水産加工業の工場が火事になり、焼死してしまったのです。
そして、その弟の焼死体が1階の工場にあったことから、自殺ではないかとの嫌疑がかけられ、週刊誌に書かれました。
その時の明石家さんまは、かなり落ち込み苦しんだそうです。
当時さんまは、弟のことを「チビ」と呼んでいました。
「チビはぼくのことを、昔から、すごく尊敬してくれる奴でね。ぼくがいうことは、すべて正しいと思っていたみたいですよ。」
チビがマンションに遊びに来た時に、
「チビはサッカー部のキャプテンで、インターハイにも出たし、国体選手にも選ばれたしねえ……。去年の10月、今度のワールド・カップをふたりで一緒に見に行こう。キップはぼくが買っとくからって、約束しとったのに……。まだ納得できません。あのチビが死んだなんて……」
未だに不明な弟の死因について、
「あいつ(弟)は自殺するような人間やない・・・もし自殺するほど苦しんでいたら、ぼくにひとこと相談したはずや・・・」
と泣きながら語ったのだそうです。
明石家さんまの弟はサッカー部でインターハイに出場していた?
弟の名前は、正登さんといいます。
奈良育英高校サッカー部のキャプテンとして、インターハイに出場をして、国体でも活躍をしています。
奈良育英高校サッカー部は、奈良県で何度も全国大会に出場するほどのレベルの高い高校です。
その高校でキャプテンを任され、インターハイに出場した実績は誰からみてもすごいことで、素晴らしい成績です。
当時の明石家さんまさんは冠番組を持つほど人気があった。
明石家さんまさんは弟の事を”チビ”と呼んでいた。
弟が19歳の時に焼身自殺した。
チビは高校時代、サッカー部のキャプテンでインターハイにも出たし、国体選手にも選ばれたほどの実力の持ち主だったという。
— しもじ (@Shimoji2) October 22, 2017
サッカー好きの明石家さんまにとっては、そんな実績を持つ自慢の弟だったことでしょう。
奈良県でサッカーの名門校にいる弟が活躍することは、こんなに嬉しいことはありません。
それでワールド・カップに二人で行こうと約束するくらいですから。
明石家さんまが、心から弟に期待をしていたことが分かります。
明石家さんまが嫁大竹しのぶと離婚した理由は?
明石家さんまと大竹しのぶは、1988年9月に電撃結婚しました。
「男女7人夏物語」で恋人役を演じたのをきっかけに、その後の「男女7人秋物語」「いこかもどろか」でも共演して、親密になりました。
そして1989年に娘のIMALUが生まれます。
それでも、結婚4年目でピリオドを打ってしまいます。
明石家さんまと大竹しのぶが
離婚した理由がほんまに分からん😂
いつまで経っても仲良いのに😂— Mana 5y👧3y🧒1y👶 (@manacharaT) July 14, 2018
離婚の理由は色々有ると思いますが、一番の理由は離婚会見で二人が語ったことでしょう。
明石家さんまは、大竹しのぶに家庭に入って欲しかったのです。
一方、大竹しのぶは、女優であることを認めて、応援して欲しかったのです。
これは全くの反対のことをお互いが主張をしています。結婚前
に話しておくことではなかったのでしょうか。
しかし離婚に至る、きっかけとなる事件がありました。
大竹しのぶが会計士と税務処理の話をしている時、大金が引き出されていたことに気づきました。
それで、明石家さんまにお金の使途を確認しました。
その時の説明が、離婚の大きなきっかけになったとのです。
そのお金の使途は、明石家さんまが以前に付き合っていた女から、婚約発表の記者会見を見たくない。
それで、その時期にハワイに行くので、旅行費を手切れ金で欲しいと言われたそうです。
明石家さんまは、それを支払ったお金だと説明したそうです。
それを聞いた大竹しのぶは、それが離婚に向かうきっかけだったと言っています。
そして、映画でも観て、今後の事を考えようということになり、二人で映画に行きました。
その観た映画が、『ローズ家の戦争』で、愛し合っていた夫婦が離婚するストーリーだったのです。
それが決定打になって、離婚することになりました。
明石家さんまが娘にIMALUと名付けた理由は日航機墜落事故?
1985年8月12日に起きた日本航空123便、御巣鷹山墜落事故の悲劇がありました。
その日本航空123便に、フジテレビ(東京)から毎日放送(大阪)に移動するため、明石家さんまは搭乗する予定だったのです。
しかし「オレたちひょうきん族」の収録が早く終わり、急遽、一便前の飛行機で大阪に帰ることになり、難を逃れることができました。
おはようございます。
明石家さんま氏が娘の名前をIMALUと名付けた理由は座右の銘である、生きてるだけで丸儲けからきています。ポジティブシンキングで好きな言葉だし、箕輪さんの死ぬ事以外かすり傷にも繋がる言葉かなと思います。生きてることだけで奇跡だから今日を大事に楽しく過ごしましょう。
— Kenta Matsukubo🇦🇺🇯🇵 (@kenta_rma) July 26, 2021
しかし、事故当日はほとんど喋れないほどのショックを受けたそうです。
毎日放送の「ヤングタウン」は、報道特番に変更されました。
それからは、移動のほとんどを飛行機から新幹線に変えたそうです。
それで、座右の銘が「生きてるだけで丸儲け」になったそうです。
そこから、IMALUの名前をつけたと、さんまは言っています。
一方、大竹しのぶは「今を生きる」から命名したと言っています。
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